七夕の夜と梅棹忠夫氏
七夕の日、京大や国立民族博物館で教えられていた、梅棹忠夫氏が亡くなりました。
梅棹忠夫氏は、民俗学や比較文明学がご専門で、京都学派の代表的な方です。
といっても、私はそれほど存じ上げているわけではありません。
ただ、定かな記憶ではないのですが、たしか私の高校時代、
梅棹忠夫先生が文化祭か何かで特別講演に来てくださったように思います。
当時、梅棹先生のことは ‘全く’ 存じ上げなかったのですが、
高校の歴史の先生が大感銘を受けていた様子と
アフガニスタンの旅行の話が印象的だった思い出があります。
その後、「知的生産の技術」と「文明の生態史観」を読ませていただきました。
今日は、「文明の生態史観」のご紹介です。
(もしかして、このブログでかつて紹介したかも?それも記憶が定かでありません…)
この本(論文)は発表当時(1957年)、学会などで大変話題になった本です。
それまでの世界の歴史観というのは、西洋と東洋という二極で捉えられていたの
ですが、この本ではインドやモンゴル、ロシア、イスラム地域という「中洋」の存在が
クローズアップされています。
中洋では砂漠が広がり、殺伐とした環境のせいか、
一つの文明が成り立っても、すぐまた次に現れる文明によって、
興亡が繰り返される歴史をたどってきました。
それも徹底的に前の文明を破壊しつくす交代劇でした。
たとえば中国にしても、一つの王朝が滅びて次の王朝が成り立つと、
前の王朝文化は根こそぎなくなってしまう印象がありますね(例:明から清へ)。
こうした中洋では、独裁政治・専制政治が敷かれやすくなります。
一方、西ヨーロッパと日本という、ユーラシア大陸の両極に位置する国々は、
中洋から距離が遠く、比較的侵略を受けずに済んだ安穏の地です。
こうした安定的な国々は、「封建制」が成立します。
外圧が少なかったことが大きな要因なんでしょうね。
江戸時代は、250年間も封建制が続きました。
この封建制が長く続くことによって、ブルジョア階級がしっかり育ち、
「個」の精神的確立を促し、「民主主義」が受け入れやすくなるという論旨です。
日本や西欧諸国は、封建時代が長かったことにより、
自成的サクセッション(遷移)が可能であったが、
中洋諸国は他成的サクセッションであったと、述べられています。
ということで、中洋に存在する国々に、日本と同様のやり方で民主主義を導入しよう
としてもうまくいかない。それは日本とは環境が違うから、ということが分かります。
そして、同じく極地にあって似た存在であった西欧と日本が
最終的に発展形態が異なってしまったのは、
西欧は封建社会のときに国外で植民地化を進めたために、
いっそうブルジョア階級を育てる結果となったことが大きいようです。
日本は鎖国に入ったために海外の日本人植民地が育たない結果となりました。
本書の発表当時、様々な歴史学者から反論や追究があったようですが、
西欧と日本が同時並行的に発展してきた(決して西欧からの一方通行だったという
わけではない)という、新しい歴史観を世に打ち出しました。
梅棹先生のこうした「生態史観」の背景には、今西錦司先生の「棲み分け」進化論が
あるようです。今西先生の本も読んでみたいところです(まだ読めていません)。
また、梅棹先生の「情報の文明学」という本も名著と聞いていますので、
こちらも早く読んでみたいと思います。
数多くの功績を残された梅棹忠夫先生のご冥福をお祈り申し上げます。
さて、すでに長くなっていますが、もうちょっとだけ。
七夕の夜は日本大好きプロジェクトの増上寺イベントに参加してきました。
和紙キャンドルが綺麗ですね!
小学校や幼稚園の子供たちが和紙に絵を描いてくれたそうです。
準備に携わられた多摩大の学生の皆様、
素敵な和紙キャンドルの天の川をありがとうございました!
日本大好きプロジェクトは、
9月18~23日に東京ミッドタウンでお月見イベント
11月14日(土)に杉並区の神明宮で和紙キャンドルイベントを
予定しています。
皆様もぜひ遊びにお越しください!
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